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私達は無色透明な身分社会を生きている

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そもそも身分とは

身分とは国家権力によって設定された政治的な差別です。

身分は出自によって決められ、個人の努力で移動することは不可能でした。

つまり出自によって人生が決定づけられていたのですね。

身分社会の良し悪し

このような時代においては、誰の目にも明らかな優遇と冷遇がありました。

もちろんこれが良かったというわけではありません。

ただ人生の責任の全てを個人が背負わなくていいという点は良かったと思います。
むしろ「出自」という努力のしようがない部分で人生が決まってしまうから、個人の力量や努力は問う余地がありません。

現代では一応身分制度は廃止されていますが、私はより厄介な形で残っていると考えています。

現代も身分社会

昔よりも見えにくくなりましたが(ここが最も厄介な点)、今日の日本でも出自によって決まってしまう部分があることは否めません。

わかりやすいところで言えば教育格差でしょうか。
子供がどんなに勉学に秀でていても、親が学問を軽んじれば教育費や学費にお金を割いてもらえないでしょう。

大学を出ることに価値を感じる親の元か、そうでない家庭に生まれるかで、大きな差異が生まれてしまいます。

誤解のないように付け加えておきたいのですが、大卒が全てではありません。
それ以外に生きる道は無数にあります。

しかしここで言いたいのは、親の考え方ひとつで子供に与えられる資本が平等でなくなるということです。

にもかかわらず社会的にその親が教育を重視するかどうかは公開されていませんし、評価することもできません。

こうした出自によって左右される要因があるにも関わらず、社会的な身分制度は廃止されていて可視化することは出来ません。

これを私は「無色透明な身分社会」と呼んでいます。

私はいわゆる機能不全家族で育ちました。
小さいときから、親に多大な精神的コストを払ってきたと思います。

家に帰れば安心できる環境の子と、常に気を張っている子、どちらが健やかに育ち成功を手にする確率が高いでしょうか。

科学的な根拠はありません。
でも私は、大人になってから精神疾患になる人は疲れ切っているのだと思います。

幼い頃に養うべき気力も体力も、育つ前に根こそぎ吸い取られてしまっているから、少しのストレスで心が壊れてしまうと私は考えています。

その影響が最も大きく現れるのが、仕事と恋愛です。
周りを見ていると、そのどちらかがうまくいっていない人が多いです。

自己責任?

仕事が続かない…恋人とうまくいかない…人間関係で揉める…etc

これらの原因はもちろん、あなた自身にもあるのでしょう。

しかし今のあなたは過去、そして親や友人などの環境が作用しあって形作られています。

だから問題の発生は自分の責任だけではない。

これは逃げでも甘えでもありません、事実です。

でもそうかと言って、過去や親は責任を取ってはくれません。
あなたは悪くない、でも尻拭いが出来るのは自分だけです。

私も様々な問題を抱えています。
それらを無理に押し込めずとも生活できる手立てを模索中です。

一緒に、一つずつ見つけていきましょう。

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